2010.11.06-2012.12.05
小石川分館
明治期に旺盛した擬洋風建築である小石川分館の空間内に、当館が所蔵する学術標本で構成された現代版「驚異の部屋」とオーストラリアの現代美術家ケイト・ロードがそれに着想を得て制作したサイトスペシフィックな新作の数々を織り混ぜたインスタレーションを展開した特別展示。「まぼろし」、「幻影」を意味する「ファンタスマ」をタイトルに掲げた本展覧会は、過去と現在、学術と芸術、実在と架空という既存の領域を横断した重層的な未知の世界を作り上げた。本展では、大学博物館における教育活動として、博物館工学ゼミの学生が準備段階から展覧会づくりに参加した。
ごあいさつ
東京大学総合研究博物館は、1877年の創学以来蓄積されてきた、総数にして600万点を超える「学術標本=モノ」を活動の基軸に据えています。すなわち、大学に付設された教育研究機関として世界的水準の学術研究を追求展開するとともに、学術標本の保存、管理、活用を図るミュージアムとして高度で独創性に富む活動を推進することを目標としています。このような大学博物館の実験的精神から、当館では「アート&サイエンス」をテーマのひとつに掲げ、これまでにも両世界を架橋するさまざまな展覧会や、ファッションショー、演劇などのイベントに意欲的に取り組んでまいりました。2009年4月には「インターメディアテク(IMT)寄附研究部門」を発足し、21世紀における新たなミュージアム像となる「国際的な学術・文化の総合ミュージアム」の具現化に向けた研究への取り組みを進めております。
このたびはその一環として、特別展示『ファンタスマ――ケイト・ロードの標本室』を小石川分館にて開催する運びとなりました。本展は、丸の内地区に2012年オープン予定の総合文化施設「インターメディアテク(IMT)」のプレイベントとして位置づけられています。本展の会場となる小石川分館は、1970年に国の重要文化財に指定された東京大学現存最古の学校建築です。1876年に東京医学校の中心建築として本郷に建てられ、後に小石川植物園内に移築再建したものを、現在では博物館施設として活用しています。この擬洋風木造二階建ての歴史的建築の内部に展開される常設展示は、東京大学に蓄積された歴史的な学術標本を用いて、ミュージアムの原点とも言うべき「驚異の部屋」の世界を現代に構築してみせています。「驚異の部屋」とは、大航海時代の西欧諸国において、王侯貴族や学者たちが不思議や驚異という感覚のままに、分野を隔てることなくさまざまな珍品器物を蒐集したコレクション陳列室のことを言います。
本展は、オーストラリアの現代美術家、ケイト・ロードの作品を小石川分館の「驚異の部屋」に招き入れ、ロードの標本室をその中に出現させることにより、常設展示とは異なる位相の新たな「驚異の部屋」的世界観を提示しようとするものです。
ロードは、色鮮やかなフェイクファーやアクリル樹脂などの人工的素材を組み合わせ、動植物をモチーフとした彫刻作品や、バロックやロココ調の部屋やジオラマを思い起こさせるインスタレーションを制作する若手作家です。近世の王侯貴族たちの珍品陳列室では、ドラゴンや人魚、ユニコーンの角といった架空の動物もその一部を飾っていたように、彼女が表現する「フェイク」の動物や自然物、そして空間は「驚異の部屋」本来のあり方を今に感じさせるにふさわしい創造的で魅力的な要素となります。明治期に旺盛した擬洋風建築である小石川分館の空間内に、当館が所蔵する学術標本で構成された現代版「驚異の部屋」とロードがそれに着想を得て制作したサイトスペシフィックな新作の数々を織り混ぜたインスタレーションを展開させます。「まぼろし」「幻影」を意味する「ファンタスマ」をタイトルに掲げた本展覧会は、過去と現在、学術と芸術、実在と架空という既存の領域を横断した重層的な未知の世界へとわれわれを誘い、人々の驚きや好奇心を喚起する斬新な取り組みとなることが期待されます。
なお、本展では大学博物館における教育活動として、博物館工学ゼミの学生が準備段階から展覧会づくりに参加しています。ロードが本展覧会のために制作した新作の着想源となる収蔵品リサーチ作業、夏季に当館で行われたロードの滞在制作協力、展覧会の広報計画、展示設営、ワークショップの企画運営と、随所に学生たちの積極的な貢献が見られます。小石川分館学生ヴォランティアは、ゼミの学生とともに、会期中に展示ガイドとしてご来場いただいた皆様にお目にかかります。大学博物館が果たすこのような実践的な教育の場としての役割を、展覧会という成果物を通して広く社会に発信できますことは、当館が本展覧会を取り行うことの大きな意義であり、主催者として喜ばしく思います。
東京大学総合研究博物館
展示概要
本展は、東京大学総合研究博物館とのコラボレーションによって実現した、オーストラリアの現代美術家、ケイト・ロードの作品を日本で初めて紹介する展覧会です。会場となる東京大学総合研究博物館小石川分館の展示空間全体を使ったインスタレーションを制作します。ロードは、色鮮やかなフェイクファーや樹脂、フラワーペーパーなどを組み合わせて、動植物をモチーフとした彫刻作品や、バロックやロココ調の部屋やジオラマを思い起こさせるインスタレーションを制作する若手アーティストです。彼女が表現する「ありそうで、ない」動物や、自然物、空間は、ミュージアムの原型と言われる、珍奇なものを蒐集した驚異の部屋=ヴンダーカマー(Wunderkammer)本来の在り方を感じさせます。本展では、東京大学総合研究博物館小石川分館の「驚異の部屋」展(常設展)の中に、東京大学総合研究博物館が所蔵する学術標本と、それにインスピレーションを得て制作される、サイトスペシフィックなロードの新作の数々を織り混ぜたインスタレーションを展開します。明治期に旺盛した擬洋風建築(当時の大工が見よう見まねでつくった洋館風の建物)として国の重要文化財にも指定されている同館の中に、カラフルな小部屋「ケイト・ロードの標本室」が出現し、全体にもロードの小作品や学術標本が散りばめられることで、展示空間は歴史と現代が入り混じる重層した世界へと様変わりします。 タイトルである"Fantasma"とは「亡霊、幻影、幻想」を意味する "phantasm"に由来します。人工の素材のみを用いて造られるロードの作品と、学術標本が織りなすヴンダーカマー的コレクション、そしてそれらを包む擬洋風建築。いずれも異なる来歴や出自を持つこれらは、展覧会を通じて、あたかも昔からそうであったかのような、ひとつの世界観として私たちの前に立ち現れてくるでしょう。そうした世界観を作り出している(あるいは作り出しているように見える)のは、実在しない幻(phantasm)のような「ファンタジー(fantasy)」というフレーミングです。そもそも「ヴンダーカマー」とは、近世の王侯貴族が、文字通り「wunder=wonder(不思議、驚異)」の感覚に基づき、分野を隔てず様々な珍品を蒐集したコレクション陳列室です。そこでは、その他の珍しい品々と同じく、ドラゴンや人魚、ユニコーンの角といった架空の動物もコレクションの一部を飾っていました。それらは想像上の怪物であるにもかかわらず、生きた証拠であるかのような物理的な存在を持つことで、実在か架空かを超えたミクロコスモスを形成し、人々を魅了したのです。このような驚きや好奇心をくすぐるものを人々が求める衝動は、現代においてもなお、アートが担うべき側面のひとつではないでしょうか。この展覧会に訪れる一人ひとりが、見知らぬ何かに思いを馳せ、ある情景を想像するとき、目の前の作品たちの向こうには「あるかもしれない」世界が広がることでしょう。
展覧会名:インターメディアテク(IMT)プレイベント
小石川分館特別展示『ファンタスマ——ケイト・ロードの標本室』
会期:2010年11月6日(土) - 12月5日(日)
場所:東京大学総合研究博物館小石川分館
住所:東京都文京区白山3-7-1
開館時間:10:00 - 16:30(ただし入館は16:00まで)
休館日:月曜日・火曜日(※11月23日[火・祝]は開館)
入場料:無料
アクセス:地下鉄丸の内線「茗荷谷駅」より徒歩8分
主催:東京大学総合研究博物館
監修:西野嘉章(東京大学総合研究博物館館長)
企画:星野美代子、柴原聡子、橋場麻衣
企画協力:寺田鮎美、関岡裕之、上野恵理子
協力スタッフ:博物館工学ゼミ、小石川分館ヴォランティア
助成:The Australia Council for the Arts
空間・展示デザイン©UMUT works 2011