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Mode & Science III by Naoki Takizawa / アントロポメトリア

2010.10.28-2010.12.30
小石川分館

 「Natural History by Naoki Takizawa」による「博物誌シリーズ」の第三弾。1880年代のドイツで作られた解析幾何学模型の存在が、あらたな挑戦の原動力となった。石膏製のオブジェが有する多様にして変化に富む湾曲面。その全体もしくは一部を、高度な型紙技術・縫製技術によって、モードの造形世界へ転移させる。それによって、アーティストにとっての永遠の課題とも言える、人間の身体のフォルムや運動の問題に取り組んだ。服の形態と人体の運動の相関性に焦点を絞り、その試みをモードとして実践してみせる上で必要となるパターンナーの仕事と縫製の技術に、観者の眼を惹きつける展示会となった。


COLLECTION/ANTHROPOMETRIA/
MODE & SCIENCE III BY NAOKI TAKIZAWA
西野嘉章
2008年秋に「Natural History by Naoki Takizawa」の名前で立ち上げた「博物誌シリーズ」が、今回で三シーズン目を迎えることになりました。一度目のシーズンは、「モード&サイエンス」という枠組み自体もいまだ初生的な段階にあったわけですが、明治期の朽ち果てた昆虫標本をデザイン・リソースに選び、それを基に時代の先端をいくプリント技術によって最高品位のシルク地を生み出し、モードとしてパリのショーにもって行くことができました。昨年は1920年代にフランスで撮られた顕微鏡写真がデザイン資源となりました。太さ十四デニールの繊維で織り上げられたスーパー・オーガンジーを素材とし、そこに特殊プリントとプリーツの加工を施し、「モード&サイエンス」の二度目の成果を世に問うことができました。
今年は1880年代のドイツで作られた解析幾何学模型の存在が、あらたな挑戦の原動力となりました。石膏製のオブジェが有する多様にして変化に富む湾曲面。その全体もしくは一部を、高度な型紙技術・縫製技術によって、モードの造形世界へ転移させる。それによって、アーティストにとっての永遠の課題とも言える、人間の身体のフォルムや運動の問題を、今一度考え直してみたいと考えたわけです。服作りの素材としてフエルトを選んだのは、他でもありません、可塑性において優れた生地だからです。もちろん、理由はそれだけに止まりません。今回の試みは、服の形態と人体の運動の相関性に焦点を絞りたい、そして出来得るなら、その試みをモードとして実践してみせる上で必要となるパターンナーの仕事と縫製の技術に、観者の眼を惹きつけたいと考えたのです。
このような狙いで実験的な製作を行おうと考えたとき、すぐに頭をよぎったのが「アントロポメトリア」という言葉でした。このように言うと、1960年代のパリに「ヌーヴォー・レアリスム」の旋風を巻き起こしたイヴ・クラインの仕事を想起する方もおられると思いますが、多くの方には耳慣れない言葉かもしれません。直訳するなら「人体測定」といった程度の意味合いなのですが、イヴ・クラインは自ら「IKB(インターナショナル・クライン・ブルー)」と命名した、群青色の工業用ピグメントを全裸の女性の体に塗りたくり、その女体をカンヴァスの上で、あるいは転がして、あるいは押しつけて制作した作品に、その造語を充てたのです。拓本文化を有する日本では、「人拓作品」と意訳されたこともあります。イヴ・クラインの仕事は、御存知の通り、一回性の制作物としての「ハプニング」を先駆けるものとして、アートの世界ですでに神話的なアウラに包まれています。そればかりでなく、「身体性」をカンヴァスの平面性に還元してしてみせたという点で、その後のアートの展望を広汎に拡張したのです。
ところで、人間の身体の形状や機能や運動についての関心は、アーティストの専有物ではありません。人の体を布でくるみ、保護し、保温し、飾り、見せ、魅せるためにはどうすればよいか、その立体造形法について思いを巡らすモード・クリエーターにとっても、決して避けて通ることのできない基底的な課題だからです。人体に布を当て、ピンを打ち、型紙(パターン)におこす。パターンナーは、人体のフォルムを布地に落とし込む方法について思考を巡らしているのです。そのさい、縫製技術で補えることの可能性の限界を、パターンのなかに読み込んでいく必要があります。
改めて言うまでもありませんが、人の身体は、ただ単なる立体物ではありません。必要に駆られ、複雑に動作する立体物なのです。それを、ある程度の伸縮性が期待できるとはいえ、もとより二次平面でしかない布地でくるんで見せるとは、いかなることなのか。それにはどのような方法があり得るのか。服作りのそうした基本命題について、あらためて思いを巡らす機会を与えてくれたのが、石膏製の幾何学模型コレクションだったのです。
東京大学には1880年代から1890年代にかけてドイツで製作された三次元関数の石膏製実体模型のコレクションが保存されています。帝大理科大学の数学科教授中川宣吉が大正時代に留学先のドイツで購入し、日本に持ち帰ったもので、総数にして2百台を超えるコレクションは、世界的にみても極めて珍しいものです。幾何学の研究教材として作られた前世紀の模型の抽象形態が、20世紀に入り、マックス・エルンスト、マン・レイといったダダイスト、あるいはナウム・ガボやバーバラ・ヘップワースといった近代彫刻家を啓発し、その後のアートの展開に大きな影響を与えたことは、よく知られています。デザイナーの滝沢直己さんもまた、幾何学模型に見られる不可思議なフォルムに魅了され、その多様な曲面のありようを服の造形に活かせないものかと考えたのです。
複雑な湾曲を描く曲面を布地で再現するには、パターン化の熟練した技と、イセコミと呼ばれる高度な縫製技術によるパーツの組み立て作業が必要となります。もしアートワークの製作を支えるのが「造形思考」だとするなら、服作りを支えるのは「型紙思考」であり、「縫製技術」です。複雑な表情をみせる三次元のボディを、二次元のペーパーに落とし込む、その過程の後に残るのが型紙(パターン)です。完成型としてのモードとは別に、型紙(パターン)には、縫製のプロセスを見越した、パターンナーの「型紙思考」の最終的な帰結が集約されているのです。
こうした服作りのプロセスのなかに、多様体の表面を微分し、数学的な「理」の世界へと帰着せしめようとする解析幾何学の方法論に近いものを見たい。そう言ったらどうでしょうか。あるいはまた、「人拓」という直裁な方法でもって人体の複雑な形状を二次平面に写し取ろうとした人体測定法の、その逆のプロセスを見たいと主張したらどうでしょうか。
モードと数学。一般の人々の見るところでは、およそ縁遠いもののように映るかもしれません。しかし、そうした隔てを乗り越えたとき、新たな方法論、新たな物作りプロセスが生まれるのではないでしょうか。モードとサイエンスの境界領域を探ろうとする試みのなかで、今回は19世紀の幾何学模型がデザイン資源として役割立てられました。数理学的な解の有する「美」は、モードのそれと思いのほか近い。そのことを実証することができればと考えています。
(本館館長、博物館工学/美術史学)


MESSAGE
滝沢直己
あたかも自然界の産物と錯覚してしまうほど「数理模型」は美しいフォルムを持っています。その美しさの根拠は数式に始まる、ということに私は宇宙の法則を感じます。
数式が立体化するまでのプロセスはコンピュータの無い当時を想えば想像を絶するものがあります。
「数式」が「数理模型」へと次元を変えるプロセスに思いを馳せ、ハイテクが当たり前の今日に、あえてアナログ的技術を用いて作ってみることによってデザインが衣服と人体の関係にどう関わっているかとうことを再認識したい、という私の思いから第3回モード&サイエンスのプロジェトが始まりました。
線で始まるデザイン画から始まり、平面である布から立体である人体を包み込むための衣服を作る作業 − 「衣服を作る」ということは人体を無視しては始まりません。我々が普段当たり前のように着ているジャケットも、実は平面である布地をいかに立体である人体に沿わせるか、という職人達の長年の試行錯誤の結果実現されています。
実現への始まりは人類がウール素材と向き合ったことでした。動物の体毛から作られたウール素材は生命の創造物であるがゆえ、糸自体が熱や蒸気によって縮んだり、織り組織との相乗効果により部分的に伸ばすことも可能です。そこに職人の長年の勘が加わり平面である布地を限界はあるものの自由自在に操り立体である人体を「包む」ことができるようになったのです。
今回は、7つの数式からなる「数理模型」のフォルムから発想したデザインをジャケットの縫製技術を駆使しながら完成させます。完成へ向けて最初にやることは型紙作りです。フォルムが決まり、りんごの皮を剥くように表面の形を平面に落としていくと、一つ一つ異なった平面図形が浮かび上がってきます。
つまり衣服制作上で言う「デザインの式」が現れてきます。平面である型紙と、そこから立体として生まれたジャケットのプロトタイプ、そして単なる作品で終わらず、プロダクトとしての可能性を考える製品サンプルができるまでのプロセスを展示形式で紹介いたします。
(本館特任教授、服飾デザイン)

会期 2010.10/28thu/29fri/30sat
東京大学総合研究博物館小石川分館
The University Museum, The University of Tokyo Koishikawa Annex

空間・展示デザイン©UMUT works 2010

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