JPタワー学術文化総合ミュージアム インターメディアテク

特別公開『カトレヤ変奏 ― 蘭花百姿コロンビアヴァージョン』

2023.02.07-2023.06.04
FIRST SIGHT (GUIMET ROOM)

 本展示は、インターメディアテク開館十周年記念事業の一環として、コロンビアのボゴタ現代美術館(ミヌト・デ・ディオス大学文化団体)と東京大学総合研究博物館との国際協働によるモバイルミュージアム・プロジェクトの東京展として開催するものです。
 蘭の博物誌をテーマとする展示企画『蘭花百姿』のコロンビアヴァージョンとして、18世紀後半から19世紀前半に植物学者ムティスが率いたコロンビア植物探検調査により現地コロンビアで描かれた植物画から、現在のコロンビアの国花であるカトレヤ・トリアナエほか、日本でこれまで紹介される機会の少なかった「ムティス様式」の特徴が際立つ蘭の図像を厳選して紹介します。これと併せて、20世紀前半に実業家の加賀正太郎が京都にて栽培した外国産蘭を記録した『蘭花譜』から、コロンビア産やその他ラテンアメリカ産の蘭を表した日本画を下図とする多色刷り木版画を展示します。当館の新規収蔵資料である『蘭花譜』は、会期中、定期的に展示更新を行い、カトレヤ・トリアナエをはじめとするコロンビア産のカトレヤとその人工交配種の多様な姿をご覧に入れます。

主催:東京大学総合研究博物館+ボゴタ現代美術館(ミヌト・デ・ディオス大学文化団体)

*『蘭花譜』は下記日程で各4点を展示します。
第1回:2/7−3/5(2/20−27は休館)、第2回:3/7−3/26、第3回:3/28−4/23、第4回:4/25−5/14、第5回:5/16−6/4

展示資料紹介『新グラナダ王国の王立植物探検隊の植物相』
 本展示で紹介するコロンビアの植物画とは、スペイン人司祭で植物学者のホセ・セレスティーノ・ムティス(1732−1808)が主導して制作されたものである。ムティスは、1761年にスペイン植民地であったヌエバ・グラナダ副王領(現在のコロンビア、エクアドル、ベネズエラを含む)に渡り、1783年から王立植物探検隊を率いて広大な地域の植物相調査を行った。この調査は、ムティスの没後も弟子たちの手により、1816年まで継続された。
 この調査のなかで、ムティスは現地の画家を雇い入れ、彼らに西洋の描画法を伝授し、ヌエバ・グラナダ副王領の植物相を説明するための植物画を描かせた。この成果は、植物学への科学的貢献のみならず、その後のコロンビア芸術の発展にも大きな影響を与えており、ムティスの植物画コレクションは「ムティス様式」として特徴づけられている。この様式には、描画対象の植物の美しさとその特性の忠実なる表現とを探求する芸術的コンポジションが際立ち、中心軸の周囲に対称性をもってイメージを配した画面構成や、種々の赤や緑などの色彩の使用における洗練された技術を見出すことができる。天然顔料を用いたテンペラで描かれた彩色も、この様式を強調する要素の一つと言える。
 現在、ムティスが率いたコロンビア植物探検調査により描かれた2,696種、およそ16,000点もの植物画はスペインのマドリード王立植物園が所蔵する。1954年より順次、スペインとコロンビア政府の支援のもと、大判書籍『新グラナダ王国の王立植物探検隊の植物相』(Flora de la Real Expedición Botánica del Nuevo Reyno de Granada, Ediciones Cultura Hispánica)を出版するプロジェクトが進行中である。この出版プロジェクトでは、植物画を植物相の現代の体系に従って分類し、全51巻を刊行することが計画された。現在は40巻が既刊となっている。ラン科植物は第7巻(1963)、第8巻(1969)、第9巻(1985)、第10巻(1995)、第11巻(2000)の計5巻に纏められ、第7・8・11巻は1000部、第9・10巻は2000部が発行番号入りで限定出版されている。
 このモバイルミュージアム・プロジェクトでは、本書籍の高精細デジタルデータ(マドリード王立植物園デジタルライブラリ:https://bibdigital.rjb.csic.es)を用いて、コロンビアを代表する花であるカトレヤ・トリアナエほか、これまで日本で紹介される機会の少なかったムティス様式による蘭の植物画の複製を展示する。

展示資料紹介『蘭花譜』
 『蘭花譜』は、実業家の加賀正太郎(1888−1954)が京都の大山崎山荘の温室で30年以上にわたり蘭の栽培と人工交配を行った記録として、1946(昭和21)年に限定300部が出版された。104枚の図版を納めた美麗な大型植物図譜として名高い。
 この中心となるのは、精緻で色彩豊かな多色刷り木版画83点である。これらには、いわゆる浮世絵として知られる、日本の伝統的な木版印刷の工の技がいかんなく発揮されている。木版画の下絵となる日本画を描いたのは、1点を除き、日本画家の池田瑞月(1877−1944)である。池田は石川県金沢に生まれ、京都の日本画家の木島櫻谷(1877−1938)の門下で、植物を愛好し、優れた草木写生図を描いた。
 東京大学総合研究博物館所蔵の本図譜は、日本画家の今井珠泉(1930−2023)が愛蔵していたもので、2022年に寄贈を受けた新規収蔵資料である。
 加賀は、1910(明治43)年に渡欧し、ロンドン滞在中に英国のキュー王立植物園やその他で見た蘭栽培に感銘を受け、1914(大正3)年、大山崎山荘に温室を作ると、原種や優秀な交配種を輸入し、終生の趣味として本格的な蘭栽培に取り組んだ。加賀自身が執筆し、本図譜に添えた解説書「蘭花譜序」によれば、大山崎山荘における蘭栽培の系統は、当初は英国産または英国経由の輸入品であったが、事情がわかるにつれ、南米ブラジル、コロンビア、フィリピン、インドネシア等の原産地から直接原種を輸入したという。
 『蘭花譜』には、図譜に付されたスリップの記載より、ラテンアメリカ産の蘭を描いたものは18点ある。このうち、スリップにコロンビア産と記載のあるのは5点で、カトレヤ・トリアナエ、カトレヤ・メンデリー、カトレヤ・ドウィアナのカトレヤ原種の3種4点が確認できる。また、これら3種にカトレヤ・ヴァルセヴィチーを加え、コロンビア産のカトレヤ4種を交配親に含むカトレヤ人工交配種を表した図譜は19点となる。この中には、大山崎山荘で交配された新栽培品種を多く含む。
 本展示では、この中から木版画20点を4点ずつ5回に分けて公開する。なお、本モバイルミュージアムはボゴタ展の開催も予定しており、日本で『蘭花譜』に表されたコロンビア産のカトレヤ等の図像が現地で紹介されることになる。

モバイルミュージアムとは
 ミュージアムを社会の中に出していくというコンセプトに基づき、ネットワーク型の新しい空間哲学を先導するプロジェクトとして、モバイルミュージアムの展示は、東京大学総合研究博物館とさまざまなコラボレイターとの協働により、これまで世界各地で展開されている。
http://www.um.u-tokyo.ac.jp/mobilemuseum/top.html

過去の特別展示『蘭花百姿 ― 東京大学植物画コレクションより』
http://www.intermediatheque.jp/ja/schedule/view/index/pasts/id/IMT0238/year/2021

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