2021.12.15-2022.03.27
MODULE
東京大学大学院医学系研究科・医学部二号館の一室に保管されてきた掛図は、解剖学に関わるものだけでも総数にして700点を超える。掛図とは、板ガラス、映像フィルム、スライドから現代のデジタル画像へと至る以前の視覚的教材のひとつで、教室の黒板や壁、専用のスタンドなどに吊るされ、講義で指し示すために使われていたものである。一般の掛軸と同じく麻布をベースに表装されている。ただし、絵が和紙や絹布でなく、洋紙に描かれている点が、日本画の軸物と異なる。
解剖学の掛図には、骨、筋肉、内臓、血管、神経、脳など、人体を構成する諸要素が手描きされている。単彩のものもあれば彩色されているものもある。
人体解剖学の歴史は、アートとサイエンスの境界が曖昧であった時代に遡る。15世紀半ばになると、人の思考や感情は身体の形態に反映されるとする考え方がイタリアに誕生し、そのことを実証してみせるため人体解剖学の知識が必要となった。解剖学が身体を扱う医学校と、形態を扱う美学校の両方で学ばれるようになったのはそのためである。ブリュッセル生まれの解剖学者アンドレアス・ヴェサリウスが1543年に『人体の構造に関する七書』を出版し、近代解剖学の基礎を確立して以来、解剖図は医学・美術の身体模範図として19世紀後半に至るまで発展を続けてきた。
国内では、元はドイツの解剖書のオランダ語訳本である俗称『ターヘル・アナトミア』、この和訳本として杉田玄白らが1774(安永3)年に出版した『解体新書』が西洋の近代解剖学導入の嚆矢となった。人体を古典古代の理想美に仮託しつつ表現した洋風解剖図に対し、日本の画工の描く解剖図は、西洋の人体表現を再解釈しつつ転写することで、「日本的」と形容し得る表現にたどり着いた。
いわゆるコンテンポラリー・アートはもとより、マンガやアニメーションなどの大衆文化においても、「日本的」な人体表現が国内外で大きな注目を集めている。この現象を解説する際に、日本画の特徴のひとつとされる「平面性」が引き合いに出されることがある。しかし、この解釈において見逃されているのは、日本における近代解剖図による人体表現の存在である。掛図に残されている人体表現が、いかに今日的なものか。この問いが本展の要となる。
連続企画「インターメディアテク博物誌シリーズ」の第七回となる本特別展示では、東京大学大学院医学系研究科・医学部所蔵の解剖学掛図を公開し、近代解剖図における人体の描画表現について再考する場として、一年を通して歴史的な手描きの掛図を約20点ずつ定期的に入れ替える。本特別展示はPart3で最後の回となる。
主催:東京大学総合研究博物館
共催:東京大学大学院医学系研究科・医学部標本室