2017.03.09-2017.04.02
GREY CUBE
昨年春、東京大学総合研究博物館は緒方慎一郎によるフードデザイン研究を博物学図譜の形式で纏めた『喰譜』(東京大学出版会発行)を企画出版しました。日本各地の伝統と独自のデザイン理念をもとに、「食事」という原始的な行いを捉え直し、料理のみならずその器や環境をまで自らデザインし、その幅広い創造活動を通して和食の新しい美学を提言するものです。本展では、『喰譜』にみられるフードデザインの仕事を、様式美に満ちた大型写真プリントへ転換し、「フード&サイエンス」の新しい試みをご覧いただく機会となります。
主 催:東京大学総合研究博物館
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博物館は諸事万端を容れる器の如きものである。しかし、モノの保存管理公開が主要な任務とされるためであろうが、生のモノ、とくに食べ物との関わりは乏しい。大学博物館が新発足して間のない頃のことであった。展覧会の内覧会用にケータリング・フードを用意することになった。とはいえ、常識的なもので供応するのは面白くない。できれば展示テーマに絡むプレートが仕立てられないか、そのように考えたのであった。
その試みには伏線があった。一九九〇年代初め、ヨーロッパのアート系出版媒体のなかで、料理や菓子を、美的なクリエイションのひとつとして見直そうとする動きが見え始めた。ほどなくして「アート・フード」を謳う豪華雑誌が出現し、流行に敏感な雑紙誌もまた「フード・アート」の特集を組むようになった。食文化のアート化、それがもてはやされるような時代を迎えたのである。
われわれのケータリング・フードの試みは、そうした時代状況を反映しての萌芽的な実験であった。大学博物館は、以来、「アート&サイエンス」の企画のなかに「フード&サイエンス」を取り込むこととなった。料理や菓子など、ガストロノミー(美食)の世界と、文化、産業、デザイン、自然誌の論題を包括的に考えるようになったのである。
緒方慎一郎の試みる創作料理は、味覚の悦楽という、食べ物へ期待されるものに応えている。ばかりか、料理と器の組み合わせの、その外貌のデザインの妙味において、視覚的な美感に訴えかけるものでもある。本展で紹介される料理や食材の数々、それらのたたずまいをもって「和食の美学」と呼ぶのは簡単である。しかし、それらを実現するまでに、創作者として、探求者として、どれほどの食材渉猟、試行錯誤があったのか、そのことについて思いを致して欲しい。
西野嘉章