「東洋蘭の図譜」とは、やや大きなテーマであるが、特別展示『台湾蘭花百姿 – 東京展』のなかで、他のパートとのつながりにおいてぜひ取り上げたいと考え、パート3に設定したものである。蘭は、台湾のみならず、日本を含む東アジアの漢字文化圏において、人々と深い関係性を築いてきた。古来より、四君子の一つとして、孤高で高潔な君子の気風を象徴するものと考えられてきた蘭は、パート4「台湾蘭と⾃然・芸術・⼈間」で映像にて紹介している「国立歴史博物館の蘭」が示すように、文人文化の水墨画の重要な題材として数多く登場する。人々が伝統的な絵の描き方を学ぶ絵手本によく取り上げられてきた蘭の画題は、この人気を象徴する証拠資料といえる。日本最初の本草学書、貝原益軒による『大和本草』諸品図や、日本における最初の植物図鑑、岩崎灌園『本草圖譜』に収載された植物のなかに現れる蘭の数々は、パート1「⽇本⼈植物学者による台湾ラン科植物調査」の中心にあった、東京大学黎明期に発展を遂げた近代植物学に対して、その礎となった江戸時代の本草学における蘭への科学的なまなざしを示している。また、その木版印刷による蘭の表現は、今日の眼からみて、その科学性と美術性の両側面から注目され、パート2「台湾蘭の栽培と観賞」の美術・デザインのモチーフとなった蘭の表現やパート4の植物画と比較したときの類似と差異の点においても興味深い。東京展の会場では、パート3を見た後に、パート4に進むだけでなく、もう一回り展示を見ていただくと、時代やジャンルを架橋して「台湾の蘭の博物誌」を楽しむことができる。
寺田鮎美(東京大学総合研究博物館特任准教授)
Ayumi Terada