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HAGAKI
研究者コラム

カトレヤをする
Faire Catleya

 フランスの小説家マルセル・プルーストの畢生の大作『失われた時を求めて』には、カトレヤが登場する印象的なシーンがある。第1篇『スワン家のほうへ』の第2部「スワンの恋」の主人公スワンは、高級娼婦オデットへの恋と嫉妬を自覚したある夜、彼女を探してパリの街をさまよう。ようやく見出したオデットは、彼女のお気に入りの花であるカトレヤの花束を手に持ち、同じ蘭の花を白鳥の羽飾りにつけて髪に飾り、襟ぐりの大きく開いたドレスの胸元にやはりカトレヤの花を刺していた。オデットを家まで馬車で送ることを申し出たスワンは、彼女の胸元のカトレヤが馬車の揺れでずれたのを直すという口実で、彼女の体に触れることになる。その後、二人の間でのみ通じる言い回しとして「カトレヤをする」という比喩的な愛の表現が生き延びる。これほどまでに、恋の小道具としてカトレヤを魅惑的に描いている小説は他に類を見ないだろう。「スワンの恋」の時代は19世紀後半。19世紀のヨーロッパ上流社会では、蘭熱狂と言われる、異国に産する珍奇な蘭の収集ブームが起こり、次第に温室での栽培や品種改良も盛んに行われるようになる。この背景に思いをめぐらすと、コロンビアの植物探検調査によってムティスが描かせた植物画コレクションや加賀正太郎が京都・大山崎山荘の温室で栽培した蘭を記録した『蘭花譜』に表れるさまざまなカトレヤが、私の中でプルーストの恋愛小説の世界にゆるやかにつながり、目の前の植物画がよりいっそう艶やかに眩く見える気がした。特別公開『カトレヤ変奏−蘭花百姿コロンビアヴァージョン』は5/16より第5回展示を公開し、6/4で終了する。

寺田鮎美(東京大学総合研究博物館特任准教授)
Ayumi Terada

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