JPタワー学術文化総合ミュージアム インターメディアテク
HAGAKI
研究者コラム

蘭解剖図のできるまで

 特別展示『蘭花百姿−東京大学植物画コレクションより』のなかに「中島睦子の蘭解剖図」というコーナーがある。ここでは、オランダの旧王立植物標本館にて標本図制作の訓練を積んだイラストレーター・中島睦子の仕事を紹介している。インクで描かれた線画の完成図のみならず、今回の展示で注目してほしいのは、その制作のために参照された東京大学総合研究博物館所蔵のおし葉標本と鉛筆スケッチである。例えば、サギソウ(鷺草)のおし葉標本は、ラベルから1889(明治22)年に小石川植物園で栽培されたものであることがわかる。この標本を参照して、中島が1993(平成5)年に隣の植物体スケッチを描いた。スケッチに参照標本情報のメモがあり、標本にもそのことを記録するラベルが2021年3月に付加されている。明治期の標本が現代においてこのようなかたちで研究に利用されていることに驚く人も多いに違いない。標本とスケッチとを見比べると、標本から植物全体の姿が精緻に写し取られていることがよくわかる。一方で、中島が標本の見たままを写生しているわけではないことにも気がつく。植物画という研究ツールで伝えられるべき情報は植物学者の指示のもと、科学的な信頼性が担保されていなくてはならない。花や葉がどのようについているのか、どの部分に特徴があるのか、科学的な植物画制作のプロセスにおいて、植物学研究に必要な構造を伝えるための再構成がいかに重要であるかが直観的に理解できる。植物画を見たときの引き締まった画面の印象はこれに由来し、われわれの目に格別魅力的に映るのかもしれないと思った。本コーナーの標本・スケッチ・線画を比較できるセットは展示更新があり、前期(-8月1日)は上述のサギソウ(写真右)とムニンシュスラン(無人繻子蘭、写真左)を公開していた。現在は後期(8月3日-9月26日)として、ミヤマフタバラン(深山二葉蘭)とスズムシソウ(鈴虫草)を展示している。

寺田鮎美(東京大学総合研究博物館特任准教授)

コラム一覧に戻る