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HAGAKI
研究者コラム

シラン(ラン科)

 本図は裏面に「明治43. 5. 27」という制作日の書付がある。『牧野日本植物図鑑』(1940年)第2066図のシランは、その刊行より30年前に描かれていた本図が下図であると推定されている。最下部の花に引き出し線で「トル」と書込みがあるように、図鑑原図作成時の修正が見て取れる。特別公開『東大植物学と植物画−牧野富太郎と山田壽雄vol.3』にて本図を展示することに決め、以前からタイトルが目に留まっていたミステリー、乃南アサ『紫蘭の花嫁』を読んでみようと思い立った。連続女性殺人事件を追う刑事・小田垣が行きつけのバーで出会った女性・摩衣子。彼女はカトレア柄のワンピースで登場する。次に二人が会う場面では、摩衣子が着ていた服の抽象画のような柄を小田垣がマスデバリア(熱帯の蘭)だと言い、小田垣が蘭に詳しいことが明らかになる。それから摩衣子は小田垣の関心を引くようにさまざまな蘭の生花を身につけて現れる。エランギス、カランセ、アングレクム。そして、シンジュクと名付けられたセロジネ……。1992年に単行本が刊行されているので、今から29年前の作品ということになる。ダイヤルQ2といった事件の小道具に古さを感じるものの、正体がなかなかわからない複数の登場人物が錯綜して物語が進み、頭がクラクラするような面白さを味わった。私が読む限り、タイトルにある紫蘭は作中には現れなかったと思うのだが、紫という色や「あなたを忘れない」という花言葉からラストシーンの解釈に想像が膨らむ。蘭にはミステリーが似合う、ということかもしれない。

寺田鮎美(東京大学総合研究博物館特任准教授)

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