西野猪久馬(1870−1933)は、明治30年代に東大植物学教室の画工をつとめた経験をもち、その後、動植物の描画を専門とする標本画家として活動した人物である。一般向けの雑誌『少年世界』や植物学書に載せる挿絵の原画を手がけ、1922年からは栄養研究所で救荒植物の写生に従事した。牧野富太郎・入江彌太郎著『雑草の研究と其利用』(白水社/1919年刊行)には、「I. NISHINO del」と記された30点の図版(描かれた植物は119点)が載っている。トベラの描かれた本図(19.1×14.8cm/個人蔵)は、西野猪久馬の家に残されてきた、約200枚からなる植物スケッチの中の一枚である。画面には「葉ニ頗ル光沢アリ」や「葉ノ中央ノ脈ハ白草色」などの走り書きがある。西野家蔵の植物スケッチには、他に花や葉の一部分が着色された図や、鉛筆で描画上の注意が描き込まれた図がいくつも含まれる。おそらく作画依頼を受けた西野は、こうした手元の下図を頼りにもして、数多くの植物を描き分けていたのだろう。
藏田愛子(東京大学総合研究博物館特任研究員)