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HAGAKI
研究者コラム

ミュージアムとジェンダー(2)

 サウンドレイヤー・アプリ「onIMT」で聞くことのできる音声解説レイヤー「医学生と観る『医家の風貌』展―パート2 脚気研究の歴史」は、2018年に東京大学の現役医学生が特別展示『医家の風貌』の展示空間で実施したギャラリートークを公開したものである。脚気は明治・大正期に多くの死者を出していた病気である。本レイヤーでは、展示空間に並ぶ東大医学部歴代教授の肖像画と肖像彫刻を眺めながら、この中のいかに多くの先人が脚気研究に関わってきたかを諸学説とともに知ることができる。皆がいわゆる脚気の専門医だったわけではない。他の研究テーマをもちながらも多くの医家が当時脚気研究に従事した理由は「人が亡くなることを防ぐ」という医学の根本的な責務にあると医学生が話していた。コロナ禍を経験する今改めてこの言葉を聞くと、よりいっそう心に響いた。医学の責務に言及した医学生の言葉を、性別を超えたわれわれ「人間」の生き方の問題として私が捉えることができたのは、トークの最後に、島薗順次郎(1877-1937)の肖像写真の前で取り上げられた香川綾(1899-1997)の存在が大きい。香川は、脚気研究を行っていた島薗研究室にて同研究に貢献した女性である。会場に展示された、すなわち今日まで東大に残された医家の肖像画や肖像彫刻はすべて男性であり、過去の男性中心社会の遺産の中に、香川の姿をモノとして確認することはできない。しかし、医学生のトークは、エピソードとして東京帝国大学時代に医学研究に従事した女性の存在を浮かび上がらせ、レイヤー状に男性の肖像画や肖像彫刻と共存させた。もちろん、香川一人のエピソードでジェンダーバイアスに関わるミュージアムの問題がすべて解決したなどとは思っていないが、この問題に機会あるごとに向き合い、小さくとも歩を進めていくことの重要性を実感させてくれるには充分過ぎる大きな貢献であったと思う。本レイヤーは、特別展示『医家の風貌』の会期末で公開終了となる(2021年2月21日まで)。終了前にぜひさらに多くの人の耳に届いてほしい。

寺田鮎美(東京大学総合研究博物館特任准教授)

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