江戸川乱歩の『石榴』は、ある空き家で発見された死体の顔がはぜ割れた石榴に形容された「硫酸殺人事件」の話である。結末に再び、真っ赤にはぜ割れた石榴の実(もちろん死体)の描写が登場する。初めて読んだ時、死体の頭部の残酷な図像がどんどん脳内で生成されていき、読後にそれを繰り返し思い出してはますます怖くなった。子どもの頃のその体験以来、ザクロは何だか生理的に怖い。しかし、それは果実についてのイメージであって、つい昨年まで、ザクロの花を認識していなかったことに気が付いた。6月初めに近所を散歩していた時に、木に咲いている小さな紅色の花がふと気になり、写真に撮って家に帰った。調べてみたら、そのコロンとしたかわいらしい花がザクロだった。3階に展示中の、山田壽雄によるザクロの花も、早描きのような筆致のせいもあって、乱歩の小説から果実に対して抱いていたおどろおどろしいイメージとは全く異なり、私の目には生き生きとした愛らしい姿に映る。裏面には「大正3. 7. 6. 高萩にて」の書付がある。表面右上には「実花ヲ入ル」とあり、左上には「七. 七. 七.」の日付とともに実花、すなわち果実をつける両性花の断面図を鉛筆で描いた紙が貼り込まれている。
寺田鮎美(東京大学総合研究博物館特任准教授)