大和和紀の少女漫画『はいからさんが通る』の魅力は、主人公の花村紅緒だけでなく、彼女を取り巻くさまざまな男性陣のキャラクターにある。山田壽雄の描いたサギソウの花を見て、久しぶりに思い出したのが、番外編「鷺草物語」でその少年時代が描かれていた鬼島森吾である。左頬に傷をもつ、少しミステリアスな隻眼の男性像に、少女時代の私も例外なく心ときめかせたものだった。鬼島少年が儚い恋心を寄せた女性・ゆきのは、恋人を待つために毎日のように通っていた峠に咲くサギソウを見て、死してなお離れることのない「つがいの鷺」の話を少年に語る。しかし、待っていた恋人はついに現れず、ゆきのは命を落とし、彼女を助けようとした時に鬼島少年が片目を失った過去がわかるという切ないエピソードであった。3階に展示中の、山田によるサギソウの写生図は、裏面に「明治43. 8. 30」という制作年代の記載があり、画面には三個体が描かれている。右はミズトンボ(下に「ミヅトンボ」の書付あり)、その他二つがサギソウ(下と左に「サギサウ」の書付あり)で、左が正面から見た花を、中央が側面から見た花を示している。左の正面から見た花は部分的に背景色まで塗られており、観賞用でもおかしくないほど完成度の高い写生図のように見えるが、鬼島少年に対する感傷的な気分を投影して眺めると、背景色の水彩絵具の滲みは、何となく涙の痕のイメージにも重なり、情感たっぷりに思えてくる。
寺田鮎美(東京大学総合研究博物館特任准教授)