JPタワー学術文化総合ミュージアム インターメディアテク
HAGAKI
研究者コラム

インターメディアテク・レコード・コレクション(14)
音の収集癖

 1940年春、ラジオ局に勤めていた録音技師モージズ・アッシュ(1905-1986年)は、第二次世界大戦のヨーロッパ開戦を機にニューヨークでレコード会社を立ち上げ、ユダヤ系コミュニティのために録音制作活動を始める。その後、ジャズやブルースへと活動範囲を広げるが、プロデューサーとしてのデビューは困難に満ちていた。有名アーティストに賭けたレコードが損失を生み出し、戦時体制でレコードの原材料まで制限され、最終的に無名の左翼系レーベル「スティンソン」との連携に追い込まれた。1945年、新レーベル「ディスク」を創立したアッシュは、戦時中の教訓を活かして独自の制作方針を定めた。敢えてヒットを作ろうとしない。他社が関心を持たない音楽を徹底的に録音する。レコードが売れなくても廃盤にしない。いわゆる隙間産業を専門としたアッシュはわずか数年でユニークなカタログを形成する。この経験をもとに1949年のLP盤登場とともに、ライフワークとなる事業「フォークウェイズ・レコーズ」を開始する。彼は40年に亘って、人類が生み出す「音の世界」を2200枚以上のLP盤に収録した。この類のないコレクションは現在、スミソニアン博物館の中心的なコレクションとして活用されている。

大澤啓(東京大学総合研究博物館特任研究員)

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