ニューオリンズ・ジャズ・ピアノの祖ジェリー・ロール・モートンの初期録音をSP盤で聴くと、彼の滑らかにして複雑にリズミカルな演奏とは無縁なものが聴こえてくる。よく聴くと、そのピアノの音はモートンの手によるメロディーではなく機械から流れているものだ。録音が普及する以前に、音楽とりわけピアノ・ソロの伝播方法として、楽譜以外に「ピアノ・ロール」というものがあった。メロディーが穿孔された巻き紙を自動ピアノに差し込むと、オルゴールの原理に従ってその穿孔をもとにピアノは曲を再生した。それがのちにSP盤に収録され、発売されることもあった。また、ミスを起こしかねない演奏家の吹き込みに対し、音の羅列を完全に再生する物理的な原理を重要視し、この機械的発展に音楽の未来を見出した人は当時少なくなかった。実際にピアノ・ロールを聴けばその見解の稚拙さに誰もが気づくが、ピアノ・ロールは再生音楽を離散的な情報に分解するうえで実に重要な第一歩だった。実際のところ、若きファッツ・ウォーラーは師のジェームス・P・ジョンソンが作曲した『カロライナ・シャウト』を習得するために、ピアノ・ロールをゆっくりと再生し、自動ピアノでそのコードを一つ一つなぞっていったと言われている。
大澤啓(東京大学総合研究博物館特任研究員)