芸術家の名前を聞いて、その作品のイメージを思い浮かべる。瞬時に想起できる場合もあれば、漠然として結像しにくい場合もあるだろう。ピエト・モンドリアンは、明瞭にイメージしやすい作家の一人ではないか。水平・垂直の線と赤・青・黄色などの領域で構成された図像がすぐに呼び起こせる。しかし実際に描こうとすれば、見かけほど単純ではないことがわかる。領域の大きさ、線の太さ、交差と停止、白の抜け、色の配置、端部の始末。これらは、モンドリアンが試行錯誤を繰り返してきた部分である。初期の樹木のシリーズからデ・ステイルの活動、そして渡米後の「ブギウギ」に至るまで、彼は常に「抽象」と向き合ってきた。それは何かをただ視覚的に省略することではない。「知覚をとびこえて直接、精神に働きかける」(岡崎乾二郎)という抽象の具体的な力が、モンドリアンの作品がもつ喚起力の原点にある。だからこそ、他の芸術家や、建築、モード、デザイン等の分野に大きな影響を与えてきた。写真は教養学部前期課程の授業「空間デザイン実習」における学生の作品である。「赤・黄・青・黒および窓のコンポジション」(藤堂真也)では、キューブ型の住居がモンドリアン的なグリッドで分割されている。色のパターンは各部屋に呼応しているが、内外の立体的な相互関係はむしろ流動的である。抽象の力が空間の拡張可能性につながっている。
松本文夫(東京大学総合研究博物館特任教授)