東日本大震災から7年9ヶ月がたった。東京大学総合研究博物館は、岩手県大槌町の復興支援のために2013年9月に「大槌文化ハウス」を設営した。中央公民館の一室に人が集う大テーブルと3500冊の寄贈図書を配した小さな文化施設である。オープン後の中核的な活動の一つとして、社会教育プログラム「東大教室@大槌」を実施してきた。東京大学の研究者を講師とする教室が合計60回開催され、地元の熱心な参加者の方々に支えられた。東大教室を開始して5年を経て、今年の10月にその活動を一旦終了した。今までの教室のテーマは、自然誌系から文化誌系、海洋資源からまちづくりまで多岐に渡った。ここで紹介された先端研究が、大槌の地域資源の再発見や創出に結びつくことを願うばかりである。この間、復興事業の進展によって新しい街の姿が少しずつ現われてきた。盛土された中心市街地が整備され、鉄道が再び敷設され、高さ14.5mの防潮堤が建ち上がる。一方で、保存問題で揺れた旧役場庁舎は惜しくも解体が決まり、貴重な湧水・自噴井の多くが姿を消した。未来の大槌の姿はまだ構築途上である。最終回の東大教室では、大槌文化ハウスの設立起案者である西野嘉章特任教授(元当館館長)にお話しをいただいた。西野教授はノルウェーの北極圏で進められている文化事業「アートスケープ」を紹介しつつ、防潮堤などを含む被災地の新たな居住環境を積極的に文化芸術活動に取り込むことを提言された。被災地では長い時間を経て、震災復興から日常回復へ、そして文化蓄積へと徐々に向かいつつある。
松本文夫(東京大学総合研究博物館特任教授)