いずれは出版にこぎ着けたい、そう考えていた本の一つがキリスト教図像学に関するものであった。専門家向けの浩瀚な書物など、もはや望むべくもない。一般の人がキリスト教美術について理解を深められるようなコンパクト版で充分なのである。実のところ、キリスト教美術に特化された概説書が、国内では見当たらない。ましてやデジタル媒体全盛期の今日である。人文学としての美術史学に対する関心は、ゆるやかな下降曲線を辿りつつある。その上、キリスト教美術である。興味がない、と言われればそれまでなのかもしれない。しかし、キリスト教美術は、神学という巨大な「知」の体系を背景にもっている。ために、その図像学もまた、繙きがいがあって飽きない。理解が及べば、及ぶほど面白い。この実感を読者と分かち合える本を書き上げたい。弘前大学へ奉職して以来の宿願なのである。
西野嘉章(インターメディアテク館長・東京大学総合研究博物館特任教授)