一九八〇年代初めのことだったと思う。『ヤヌス學大全』というタイトルの本を出したいと一念発起し、古代から現代に至るまでの「ヤヌス現象」について書き連ねることを始めた。いくつかの雑誌にそのテーマで連載をおこなったことで、原稿の蓄積が進みはしたものの、様々な要因が重なって、いつの間にか書き続けることを止めてしまった。ということで、この本もまた中途半端なままになっている。原稿を整理するなかで、「大全(スンマ)」という言葉が気になり出した。トマス・アクイナスの『神学大全』がそうであるように、「大全」を名乗るなら、それが何についてのものであるにせよ、全体を包摂してみせるとの意識を堅持しつつ、事を進めねばならないはずである。ならば、自分の考える本ではどうか。古代から現代まで、というのはあまりにも大風呂敷な課題設定で、とうてい「大全」を名乗る資格などない、ということになる。その意味での反省はある。しかし、タイトルだけはえらく気に入っているのである。
西野嘉章(インターメディアテク館長、東京大学総合研究博物館特任教授)