「台湾の蘭の博物誌」をテーマとした特別展示『台湾蘭花百姿』のなかで、胡蝶蘭は、別格の存在感を放っている。実は、「胡蝶蘭」という漢字の名前をつけたのは、台湾総督府にて植物調査に従事した日本人植物学者の田代安定である。そのことを示す資料が国立台湾大学の田代安定文庫に残っている。東京展では、文化史的観点から「台湾蘭の栽培と観賞」をテーマにしたパート2で、胡蝶蘭に注目してみてほしい。台湾に産する胡蝶蘭は、葉は艶やかに緑濃く、花は純白で蝶が羽を広げたような優美な姿をしている。日本統治時代に人気を集めた胡蝶蘭は、台湾の豊かで美しい自然を象徴する植物として、台湾総督府の各種記念絵葉書をはじめ、当時の印刷物にたびたび登場する。1910年代には、台湾各地で胡蝶蘭の栽培ブームが起こり、それ以降、品評会や競技会なども開催されるようになったという。装飾的な盆栽鉢に植えられ、花の見頃を芸術写真のような風情で撮られた胡蝶蘭の写真絵葉書も、この頃に台湾で数多く作られている。展示の準備段階の2024年3月に台湾を訪れた際、さまざまな場所で鉢植えの胡蝶蘭を見かけたのはもちろんのこと、台北の街中や台湾大学構内にて、樹木に着生して自然に花を付けている胡蝶蘭を目にした。こういう光景が台湾の人々の身近にあることが、台湾胡蝶蘭の文化史につながるのだと得心する経験であった。
寺田鮎美(東京大学総合研究博物館特任准教授)
Ayumi Terada