2023.06.27-
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東京大学は明治10(1877)年の創学以来、数多くの学術標本を蓄積してきた。これらは、たしかに過去の遺産である。しかし、同時にそれは、われわれが現在から未来に向けて活用すべきリソースでもある。このことを実証してみせるべく、われわれは歴史的な遺産を可能な限り収集し、それらを現代のニーズに叶うよう「ReDESIGN+」すなわち装いを改めて再利用することにした。「インターメディアテク」が旧東京中央郵便局舎という、かけがえのない歴史遺産の「転生」と「継承」の上に建つように、古い建物を改修し、新しいミュージアムへと生まれ変わらせる。これもReDESIGN+である。しかし、だからといって、ReDESIGN+を、ただ単なる装いの改変と考えてはならない。ReDESIGN+は、日本語の「デザイン」という言葉がそうであるように、見かけの問題であると同時に、モノの見方や世界の見方に関わる認識論的な問題提起でもある。展示物の配置にあたっては、来館者導線を想定するという常套的手法をあえて採用しなかった。自分の眼で見て、発見し、驚くという体験の場を、来館者、とりわけ若い世代に体験させる場としてのミュージアム空間。「インターメディアテク」の目指すものはそこである。
展示スペースは、旧局舎が昭和初期を代表するモダニズム建築であるという与件を踏まえ、レトロモダンの雰囲気を醸し出す空間演出をデザインの基調としている。展示空間内は、建物のオリジナル・デザインを尊重し、21世紀の感受性に働きかける折衷主義的様式美——仮称「レトロ・フュチュリズム」——の実現を企図した。このことにより、19世紀から21世紀まで、足かけ三世紀に亘る時代を架橋して見せる。それが「インターメディアテク」のデザイン戦略の基本となっている。この企図に従い、博物館に保存蓄積されてきた戦前の木製什器をReDESIGN+し、積極的に再利用した。一方、モダンの感覚を生み出しているのは、肉厚グリーンガラスを主材料とする組み立て式展示ケースである。それらは「インターメディアテク」オリジナルのプロダクト・デザイン研究の成果の一部である。
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以上は、「インターメディアテク」が開館した2013年3月に初代館長、西野嘉章が示した常設展示コンセプトの骨子である。その基本理念としての「ReDESIGN+」、基調としての「レトロ・フュチュリズム」は、展示をリニューアルした2023年においても変わりはない。なぜなら、それらは、10年の時を経ていっそう重要性を増したからである。日本最古の大学である東京大学の学術の歴史の希少性は時とともにおのずから増す。旧東京中央郵便局庁舎の文化財的価値もしかり。一方、現代における流行の移ろいは加速化の一途である。すなわち、両者の乖離を「ReDESIGN+」によって架橋し「レトロ・フュチュリズム」に挑戦する事業の意義もまた増大している。
開館10周年の2023年、コンセプトを維持しつつ、常設展示の一部に変更を加えた。第一は、フロア2階を自然史、3階を文化史というおおまかな区分を可視化できるようにしたこと。それに伴い、旧書架に収められ委細が見にくかった展示品を平置きケースに移動するなどして来館者の便をはかった。区分がおおまかだ、とあえて言うのは、博物館が提供すべき驚きの空間作りに自然史・文化史の厳密な区別は重要ではないからである。第二の変更は、それら、常設展示スペースの大半において展示標本の撮影を可としたこと。開館以来、自分の眼で見て体験することを旨とするインターメディアテクは来館者による写真撮影を禁じてきたが、昨今の急速なデジタル技術の進展に伴い体験の方法が多様化したことをふまえ緩和した。現場体験の魅力提供を維持・強化する方針にゆるぎはない。同時に、これを機に、DX時代の展示鑑賞の手段や誘いをも開発していく所存である。
これらの変更があるとは言え、常設展示の中核をなすのは変わらず、東京大学総合研究博物館が管理する自然史・文化史の学術標本群である。東京大学は開学当初から「博物場」と呼ばれるミュージアムを複数有し、教育用標本を列品していた。日本の大学博物館の原型である。それら初期の施設は改築や関東大震災などで一世紀ほども前に機能を失ってしまったが、現存する教育用標本は少なくない。例えば、網羅的な生物の骨格標本や工学系の製図器具群や機構模型群など。インターメディアテク常設展示は、それらを当時の展示板、類似の古い什器、展示場古写真、関係標本とともにリデザイン展示し、学問のアルケオロジーを展開する。
開学以来の遺産だけでなく、東京大学総合研究博物館が発足した1996年以降、独自に収集、作成した標本も多数、常設展示を構成している。ミンククジラ、キリン、オキゴンドウ、アカシカ、北海道輓馬などひときわ眼を惹く大型骨格標本は新たな作成標本である。絶滅鳥エピオルニスの骨格など教育的価値が高いと認めた展示物は、海外所蔵品をもとに複製展示している。
展示の重要アイテムには寄贈品も含まれる。最大の一群は本学物故教員の御遺族からもたらされた私蔵品である。開学期に医科教授をつとめた三宅秀所有の医療器具や文書を核とした三宅一族四代のコレクションや、工科教授であった田中不二ら三代にわたる明治から昭和初期にかけての工学関係資料群はその代表である。江上波夫、仲威雄ら昭和期の教授陣旧蔵の文化史系コレクションもこれに連なる。
他方、学外ネットワークの発展にもとづく寄贈や寄託による展示品も随所にもりこんである。開館時から展示中の山階鳥類研究所の所蔵する本剥製標本(多くは昭和天皇旧蔵品)、岐阜の老田野鳥館旧蔵の鳥類・動物標本、奄美の原野農芸博物館旧蔵のマチカネワニ化石複製品等だけでなく、岡山のBIZEN中南米美術館の寄託による新大陸工芸標本、さらには民間諸氏の寄贈によって集成できた近代技術遺産たる蓄音機の一大コレクションが彩りをなす。加えて言えば、アジア美術愛好家であった仏人エミール・ギメの収集品をおさめるためにしつらえられた19世紀の什器が、今や東京大学収蔵品の展示ケースとして再生されているさまも大きな見どころである。
以上、歴史的標本にのみふれたが、展示に東京大学の先端研究の成果が持ち込まれないわけもない。人類進化の歴史を塗り替えた440万年前のラミダス猿人化石歯、精密な実験研究にもとづく中近世の仏像模刻、さらには、ヒトをふくむ生き物の動きを忠実に再現する工学ロボット。常設展示をくまなく見てまわれば、止むことのない学術の動きにも気付くことであろう。
要するに、インターメディアテクは東京大学総合研究博物館の活動を公開する都市型分館である。その常設展示においては、好奇心にひかれて学内で一途に励む研究者の営みを、丸の内という都心ビジネス街において、また、昭和モダンな建築フロアの上で、レトロ・フュチュリズムの名のもとリデザインして公開する。
インターメディアテク館長
2023年 西秋良宏