東京大学草創期、小石川植物園では近代植物学の導入と発展に力が注がれた。本図は、その最中に大学お雇い画工として活躍した加藤竹斎が描いた「エリデス・クイーンクエブルネラ」という洋蘭である(東京大学大学院理学系研究科附属植物園所蔵)。右下には竹斎の印が見える。右上のラベルの「東京大学理学部」とは、1877(明治10)年に法・文・理三学部体制で設立された東京大学時代(帝大を名乗る以前)を意味する。裏面には「横濱 ヂンスデル氏 蘭科 明治十八年八月」との書込みがあり、海外から横浜に到着した洋蘭が小石川植物園にもたらされ、その珍しい異国の花を植物学研究のために描き留めたものと推定される。左方向に伸びた葉が画面に収まりきらず、一見大胆な構図にも思えるが、花・葉・根のつき方を精緻に描写し、花の解剖図を左上余白に添えている。科学的視点にもとづく植物画として描かれたことの証左である。一枚の植物画がどのように植物学的情報を過去に伝えたか/今日に伝えているのか、さらにそこに見出すことができる大学の歴史や当時の社会・文化状況にまで目を向ければ、次の一枚、また次の一枚へと興味が尽きることなく、何度見ても見飽きることがない。特別展示『蘭花百姿−東京大学植物画コレクションより』(6月19日より公開)の準備中、私は眼福と知的愉悦の日々を過ごした。皆さんにもその幸せを体験してもらえる展示空間になっていることを願うばかりである。
寺田鮎美(東京大学総合研究博物館特任准教授)