抽象絵画に登場するイメージのなかには、地球から遠く離れた惑星の相貌、宇宙空間で認められる諸現象と驚くほどよく似たものが見られる。そのことを教えてくれたのは、フランスの碩学ルネ・ユイグであった。この芸術哲学者は主著『かたちと力』のなかで、次のような論を展開している。芸術家の生み出す「抽象」とよく似たものが森羅万象のあちこちに見出されることにはなんの不思議もない、なぜなら、この宇宙は「ウヌス・ムンドゥス」(「一」なる世界)であり、芸術家である人間もまたその構成要素の一つに過ぎないからである。大胆極まりない論であるが、反証を掲げるのは容易でない。同書の翻訳に携わったということもあろうが、わたしにはユイグの主張に得心するところがあった。アメリカの航空宇宙局が無料公開している惑星写真を見て、美術作品との親縁性を思わずにいられなかったからである。火星表面を動き回る探査船から送られてくる映像のなかには、一九五〇年代のパリ画壇を席巻した非具象絵画(アンフォルメル)の画面と見間違うようなものが見出される。それらは、まさに「コズミック・アンフォルメル」とでも呼ぶに相応しいものであったことから、米国航空宇宙局から入手した高精細デジタル画像を、非具象絵画のフィールドに見立てられるまでに拡大、そのプリントに古典的な額装を施して、ギャラリー風に飾ってみせる展覧会を実現してみたいと考えた。『Intermedia』第五号は、したがって「コスモグラフィア」(宇宙誌)号と命名され、ファースト・サイトのこけら落としの展覧会の図録としての体裁を保つこととなった。すでに鬼籍に入ってしまったが、わたしの敬愛するスペインの画家アントニ・タピエスに本号を贈り届けることができていればどんなに良かったか、と改めて思う。日本の「抽象」の草分けの一人、斉藤義重もそうである。一九五〇年代の仕事のなかに、やはり宇宙開闢誌に通じる作品のあったことが思い出されるからである。
西野嘉章(インターメディアテク館長・東京大学総合研究博物館特任教授)
Yoshiaki Nishino