JP Tower Museum INTERMEDIATHEQUE
HAGAKI
RESEARCHERS COLUMN

『Intermedia』発刊記(4)

 第三号ではインターメディアテクの入居する建物そのものを取り上げることにした。一九三一(昭和六)年竣工の五階建ての旧東京中央郵便局舎は、逓信省経理局営繕課の建築家吉田鉄郎によって設計されたもので、昭和初期のモダニズム美学の粋を集めた類稀な建物として知られる。表面上、「建築のモダニズム」の特集号となりはしたが、編集上の関心はそうした歴史的な位置づけ以外のところにあった。根本資料として使うことができたのは、建築工事の最中に記録として撮影された小判モノクロ写真のアルバムであった。これは建物の歴史にまつわる数少ない遺産の一つである。アルバムにある小判写真をデジタル化して、印刷に供する。そのさい、どこまで拡大できるのか。はたして大判の印刷物の使用に耐えるのか。その限界への挑戦に加え、モノクロの出版物として、黒の色をしっかりとした「黒」に印刷するにはどうしたらよいか、「黒色」の探究にも試行錯誤があった。現代の印刷では、真っ黒な「黒色」を実現するのがなかなかに難しいからである。結局、複数の印刷インキを使って、墨刷りを三度重ねて刷るという、通常では考えにくいやり方を採用することとなった。また、使用言語はハングルである。ハングル仕様の印刷物でヤン・チヒョルト由来の「モダン・タイポグラフィー」を実践して見せるものは滅多にない、ならばそれをやってみたらどうだろうか。また、紙面構成は建物竣工の時代の新潮流であった「デッサウ・バウハウス」の流儀か、さもなくは「ロシア構成主義」のそれに倣ったらどうであろうか。わたしは頭のなかで、アレクサンデル・ロトチェンコやエル・リシツキーが、ハングルの字組みで、モノクロ版の大判建築冊子を編集したらどのようなものになるか、そのような妄想を駆け巡らせていたのである。既存の古写真のなかから適当なものを抜き出して、それらのデジタルデータで頁を組むことになった。もっとも、出来上がったものは、偉大な先達たちの足許にも及ばぬものとなった。とはいえ、ハングル仕様の「バウハウス」、ハングル仕様の「ロシア構成主義」を実践してみせた出版物など、わたし以外の誰が思いつこうか。そう考えると、あまり悪い気分もしないのである。

西野嘉章(インターメディアテク館長・東京大学総合研究博物館特任教授)
Yoshiaki Nishino

Back to Column List