モロッコではアトラス山脈の南側は砂漠気候となる。山脈南麓からサハラ砂漠にかけての一帯に点在する要塞都市や集落を訪れた。25年前のことである。北のマラケシュから路線バスに乗り、南のワルザザートへ抜け、オアシス都市のティネリールに至る。ここで四駆車をチャーターし、広漠としたエリアを移動していく。写真はクサール・メラブという集落の風景である。クサールとはマグレブのベルベル人の伝統的集落であり、その多くは日干煉瓦で造られている。壁で囲われた約200M角のエリアに住居や穀倉が集まっている。内部には街路網があるが、街路の両側は壁となって中の様子を窺い知ることはできない。建物の2階部分が上部をまたぎ、街路に縞模様の強いコントラストを描きだす。私が行ったとき、新たな訪問者を認めて数人の子供たちの笑い声が聞こえた。子供たちのシルエットが動き、街路を折れて消失し、また別所に現れて哄笑が響く。強烈な光と影、出没する子供たち、断続する笑い声・・。このとき遭遇した空間体験は、今でも鮮烈によみがえる。集落や要塞都市において、土着の環境素材を用いて、外部から隔たれた別世界が築かれているのを目撃した。荒凉たる岩石砂漠をさらに車で南下していくと、やがて地面がサラサラの砂に切り替わるところにでる。ここから先はサハラの砂砂漠である。「必ず戻って来いよ」とドライバーに念を押され、砂の上を歩きだす。延々と続く砂の山並みにどんどん引き込まれていく。足元の細粒は微かに流れ続け、地形が定まることはない。4ヶ月にわたる建築調査行の最後にであった砂漠の風景は、深く静かな衝撃として沈潜した。
松本文夫(東京大学総合研究博物館特任教授)