「捩花のまことねぢれてゐたるかな」は、水原秋桜子や石田波郷に師事した俳人・草間時彦の句である。私も、図鑑ではなく、初めてネジバナが実際に咲いているのを見たときに同じことを思った。その感動を簡明に伝えてくれているようで、この句に出会った時には何だか心躍るようなうれしさを感じた。本図の裏面には「モヂズリ 大正3.7.10 高萩にて」との書付があり、植物画家・山田壽雄が茨城県の高萩に行った際に描いたものであることがわかる。筆運びの勢いから、その場で短時間のうちに描き留めたのかもしれないと想像できる。「モヂズリ」とはネジバナの別名であるが、百人一首のなかに、河原左大臣(源融)の「陸奥の しのぶもぢずり 誰ゆえに 乱れそめしに 我ならなくに」という忍ぶ恋をうたった有名な和歌がある。ここに出てくる「もぢずり」とは、福島県の旧郡・信夫(しのぶ)群で作られていたもぢ摺り染めのことで、この技法で絹織物を染めると様々な草花の色を写した乱れ模様となる。本図を下図として用いたと考えられている『牧野 日本植物図鑑』(第2075図)で牧野富太郎が書いているように、ネジバナの捩れた(乱れた)花の付き方がもぢ摺り染めの模様を思わせることから、モヂズリの名の由来となっているという。源融といえば、紫式部の『源氏物語』の主人公「光源氏」の実在モデルとも言われる人物である。ほぼ日本全土の野原や田畔など(都市の芝生や土手にも)に咲く、ごくありきたりな野草であるネジバナからこれほど文学にまつわる話題が引き出されるとは、と意外に思いながら、改めて山田の描いた花の「かたち」を見れば、そこに無限に上昇する運動性を象徴する螺旋構造を見出した。
寺田鮎美(東京大学総合研究博物館特任准教授)