特別公開『東大植物学と植物画−牧野富太郎と山田壽雄vol.2』では、東京大学総合研究博物館所蔵の新出資料、植物画家・山田壽雄による植物写生図より、着色画59点を展示更新し、12月8日から初公開している。このスイセンもそのうちの一点で、裏面には「ス井セン 大正2.12.7 Toshi」という書込が確認できる。樋口一葉の代表作『たけくらべ』には、造花の水仙が登場する印象的なラストシーンがある。髪を嶋田に結ってから、今までの遊び友達と一緒に過ごすことのなくなった美登利は、ある霜の朝、水仙の作り花が格子門の外から差し入れ置かれているのを見つける。「美登利は何ゆゑとなく懷かしき思ひにて違ひ棚の一輪ざしに入れて淋しく清き姿をめでける」。誰の仕業かはわからないが、その日は信如が宗学修行のため学林へ出立した当日であったことが読者に明かされて物語は終わる。大黒屋の美登利と龍華寺の信如。遊女の妹と寺の息子という取り合わせは、一見対照的で相容れない。しかし、二人とも「大人になる=自分で選ぶことのできない運命に従う(遊女・僧侶になる)」という定めの下にあった。造花は永遠に枯れることがない。大人になるという時間の流れを止めることのできない哀切がこれに込められているとしたら、われわれの前に時を越えた姿を見せている、山田が描き留めたスイセンの画もまた、淋しく清らかな佇まいで、子供時代を懐かしく思い起こさせてくれるような気がする。
寺田鮎美(東京大学総合研究博物館特任准教授)