植物画家・山田壽雄によるセキショウの写生図(3階に展示中)の裏面には、「花ハ大正十三.四.二九. 露子千駄木ニテ採集.」「葉ハ元年八月九日植物園ニテ」とある。花は山田の次女・露子が自宅近くにて採集したもので、植物園とは小石川植物園のことで間違いないだろうから、葉は植物学者・牧野富太郎から提供されたものかもしれない。すっと伸びた一つの葉以外の他の葉と根は、花が描かれた、S字に配されている部分を隠さないように貼り込んだ紙に描かれている。山田が写生対象の植物のパーツを入手した時間差ゆえに、そのような作りの写生図となったのだろうか。永井荷風の短編『妾宅』では、町なかの裏通りにある、日の差さない古びた借家の内部の情景描写の冒頭に、連子窓に置かれた「石菖の水鉢」が登場する。正直に言って、この随筆風小説の内容はまったく好きになれないのだが、妾宅の情景や主人公がそこで過ごす時間の「趣き」の描写が素晴らしいことは理解できる。そのなかでセキショウは、翳りを帯びた慎ましい(平凡な)妾宅の構成要素としての役割をきちんと果たしているように思われ、私にとっては真面目な(地味な)優等生という印象の植物であった。一方、この山田のセキショウは、構図に動きが感じられるからか、物理的な紙の厚みより二つの時間層でのやり取りがさまざまに想像されるからか、生命力あふれた明るさを放っている気がして、この植物に対する個人的な印象がずいぶん変わった。
寺田鮎美(東京大学総合研究博物館特任准教授)