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HAGAKI
RESEARCHERS COLUMN

インターメディアテク・レコード・コレクション(11)
奇妙な果実

 歌手ビリー・ホリデイが1939年4月20日に吹き込んだ曲は、彼女自身にとってもジャズ史においても特別な意味を持つ作品となった。当時ニューヨークのライブハウス「カフェ・ソサエティ」に出演していたホリデイはアンコールとして、ポップソングとは一線を画す、ある新作を歌っていた。その題名は「奇妙な果実」。白人の教諭エイベル・ミーロポルが作詞作曲したこの曲は、ホリデイが専属契約を結んでいたコロンビア系列のレーベル「ヴォーカリオン」に録音を却下されたため、ミルト・ゲイブラーが経営していたインディー・レーベル「コモドア」から526号として発売された。というのも、人種差別が厳格に実施され、リンチも絶えなかった米国社会において、その状況がメディア等に露出することはほぼなかったからだ。ホリデイが歌った「奇妙な果実」とは、南部のポプラの木にぶら下がっている、へんてこな血まみれの果実、リンチされた黒人のことであった。これをもってホリデイは娯楽を逸して、「プロテストソング」の原型を作った。526号の裏面には「ファイン・アンド・メロー」が収録され、大ヒットとなった。

大澤啓(東京大学総合研究博物館特任研究員)

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