新商品のシリーズを展開するにあたって、その内容はどうであれ、まずは統一的な「ヴィジュアル・アイデンティティ」を定め、購買欲を促すのは、いまや当然なことである。だがレコード産業黎明期においてはそうでなかった。早くもマーケティングのプロトコルを定めていたエディソンを除くと、多くのレコード会社には様々な迷いがあったようだ。同時期のレコードのレーベルに複数のロゴや相性の悪いフォントを載せるなど、製作者の方針は、いっそ羨ましく思えるほどいい加減だった。そこに、妥協のない音楽制作と徹底したモダン・グラフィック・デザインで新たな風を吹かせたのが、アルフレッド・ライオンらが1939年に設立した伝説のブルー・ノート社である。SP盤の丸いラベルの右上には白地の長方形に青字でレコード情報が掲載され、残りの青地の部分には会社名が白字で大きく載っていた。LP盤時代に入ると、フランシス・ウォルフらの写真が飾るジャケットがさらに有名になる。ところが、ブルーノート社でさえ、そのヴィジュアル・アイデンティティが定まるまで、初期はグラフィック・デザインに迷いがあったようだ。目録番号1番の12インチ盤のレーベルは、白地の部分がなぜかピンク色で埋められ、2番以降も10枚ほど、その部分が黄緑になっている。
大澤啓(東京大学総合研究博物館特任研究員)